阿吽の呼吸   中野 振一郎 (チェンバロ/日本テレマン協会)

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 池田京子さんと一緒に演奏させていただくようになって、もう何年になるのでしょう? まあ、お互いに歳のことはさておき・・・バッハ作曲の家庭的な小品からペルゴレージのオペラまで、幅の広い内容で共演させて頂いています。

 池田さんとのステージを重ねる度にいつも痛感させられるのは、なんとも言えない彼女の音楽的な気品。それはバロック的な歌唱が出来るからという意味ではなく、彼女のもっている独特の感性が成せる業だと思います。仮に本番の当日までお互いに曲目を知らずにやっつけ仕事のリハーサルをしたとしても、必ず彼女の歌には「ヨーロッパ・テイスト」がある・・・私はそんな池田さんとのセッションが、毎回楽しみなんですよ。

 この夏にも名古屋で池田さんとご一緒させていただきました。内容は皆さんもよくご存じの「イタリア古典歌曲」を、当時出版されたままの楽譜を使っての演奏。特にヘンデルの有名なオペラ「リナルド」のアリア「私を泣かせて下さい」の前のレチタティーボは、ほぼヘンデルが指示したオリジナルのままで演奏しました。私たち器楽奏者にしてみれば、声楽の人と仕事をしないかぎり、18世紀当時のオペラのありようについては皆目見当もつかないし・・・また、池田さんにとってもバロック楽器の団体との共演を通して新しい発見があるようで、今回もお互いに「新鮮な」仕事となりました。
 本番前のリハーサルも実は一回だけだったんです。池田さんとの場合はそれで十分なんですよ。彼女が「ここはちょっと遅く」とか「速いめでね」と言ってくれるだけで、素敵なステージを作ることができる・・・・「阿吽の呼吸」というのでしょうか、まるで18世紀のイタリアのオペラ歌手と仕事をしているような感じがします。

 ところで池田さんはドイツ留学の経験がおありで、ドイツ語はペラペラ。夏の公演の目玉であったバッハのカンタータ第51番「もろ人よ、歓呼して神を迎えよ」。トランペットとの掛け合いが面白い、ソプラノの超絶技巧的な作品ですが、当日の演奏は威厳と気品、そして説得力にみちていて、公演自体も大成功。池田さんならではの「音作り」がここでも輝いていたように思います。

 気品・感性・そしてなんといっても「華」のある池田さん。練習や勉強の積み重ねだけでは決して手に入らない、表現者としての説得力をもった希有な歌手に出会えることができた私達は、とても幸運です。今後ともよろしくお願いします。

 それから池田さん・・・今度は一度、ステージでなくていいから、ウィンナ・オペレッタを私のチェンバロで一緒にやりませんか。これは個人的なリクエストなんですけどね。

 
  写真は去る8月7日、名古屋 ザコンサートホールでの撮影