エッセイ

京子さんの眞髄

松井 和彦/作曲家

1996.10

私が、池田京子さんにはじめて会ったのは、10数年前に京子さんが、私が講師をしております文化庁のオペラ研修所の4期生として入って来られたときでした。4期生といえば、佐藤しのぶ、釜洞祐子、渡辺美佐子、永井和子、田代誠など、歴史に残るレベルの高い期でしたが、その中でも大変好感のもてる知的な歌を歌っておられたのが、印象的でした。
それからは、彼女のドイツ留学などでご一緒する機会がなかったのですが、2年ほど前私の作曲しました「新美南吉歌曲集」を南吉の故郷、愛知県半田市で初演して頂くことになり、何度か一緒に稽古を致しました。その時、あいにく彼女は、喉の調子がよくなく、声を抜いて歌われる事が多く、陰ながら?本番のコンディションを心配しておりました。初演当日、私は所用で半田市に行けなかったのですが、しばらく後、演奏会のビデオを見せていただき、びっくりしました。直前の状態が「ああいう場合」は「守りの本番」になるのが殆どなのですが、京子さんの場合は、鮮やかに「攻めの本番」に変身しておられ、ドイツ語で得られた発語テクニックと相まって実に、美しいクリアな演奏で、彼女の底力に驚嘆したものです。
そして、先日の「響の会」発足の日における、観客を掴んで放さない、ドイツ語が分からなくても、聞き手が体で意味が分かってしまう程の周到、適切にして、サービス精神旺盛な鮮やかなハイテク演奏!新鮮な感動と共に聞き入ってしまいました。近い将来、京子さんによります「娯楽芸術歌曲」の誕生を期待しております。
この2回の演奏で私は京子さんの音楽の眞髄に触れ彼女のシンパとなってしまい、これからの彼女の活躍を心から楽しみにしております。一般的にドイツ系の歌は「音色的魅力」が、イタリア系ほどではないと言われますが、あの日の「アンコール」で出された特に艶やかな音色と、言葉が結び付いて、独自の素晴しい世界を開拓していかれることを切望しています。